言葉より先に、声があった ――チュニジアへ向かう前に
アリフのように立つ
アラブ・イスラーム文化の中には、まっすぐに立つアリフの姿を、人のあり方になぞらえる考え方がある。
アリフとは、アラビア文字の最初の一文字。
アラビア文字の多くは、単語の最初に置かれるか、途中に置かれるか、最後に置かれるかによって姿を変える。けれどもアリフは、ほかの文字のように大きく形を変えない。
右側の文字とはつながることがあるが、左側に続く文字とはつながらない。
それでも、その姿はいつも変わらない。
ا
一本の縦の線として、まっすぐに立っている。
そこからアリフは、直立した美しさや、揺るがない意志の象徴として語られることがある。
周囲とのつながりを拒むのではなく、誰かとつながりながらも、自分の軸を失わない。
「アリフのように立つ」という言葉には、そんな意味も込められているのかもしれない。
そこで今回は、いつもの旅の話を始める前に、少しだけアラビア語について書いてみたい。
そして、その言葉から生まれた音楽についても。
旅に出るよりも前に、私の中にはすでに、アラブ世界へと続く入口があった。
それは、一人の歌手の声だった。
声から始まったアラブ世界
私がアラビア語に興味を持ったきっかけは、アラブ歌謡だった。
なかでも強く惹かれたのが、レバノンの歌姫、マージダ・エル・ルーミである。
今でも彼女のCDを何枚か持っている。
彼女を知ったきっかけは、やはり、なかむらとうようさんの『ミュージック・マガジン』だった。
当時の私は、毎号、隅から隅まで読んでいた。
その誌面を通して、自分が知らない国に、自分が知らない音楽があり、その土地の言葉で歌う歌手がいることを知った。
そして出会ったのが、マージダ・エル・ルーミの歌声だった。
美しい。
ただ、それだけではない。
凛としていて、どこか近寄りがたく、それでいて、聴く者を深いところへ引き込んでいく。
意味の分からない言葉で歌われているのに、その声には、最初から何か決定的なものがあった。
本当は、彼女の若い頃の、あのクリスタルのように透き通った、きりりとしたアラビア語がたまらなく好きなのだ。
しかし、この近年のライヴで見せる、ほどよく熟れた歌声はどうだろう。喉の奥から絞り出される子音の陰影はさらに深みを増し、もはや完璧さを超越した凄みすら感じさせる。
形を変えながらも、彼女はやはり、そこに凛と「アリフのように」立っている。
声の向こうに、まだ見たことのない街がある。
その土地の空気があり、歴史があり、人々の暮らしがある。
そんなことを、歌詞の意味も分からないまま感じていた。
レバノンには、フェイルーズという偉大な歌手がいる。
その存在は、レバノンという一つの国を越え、アラブ世界そのものを象徴するほど大きい。
一方で、マージダ・エル・ルーミもまた、現代のレバノン、そしてアラブ世界を代表する歌姫の一人である。
私にとって、アラブ世界への最初の扉を開いたのは、彼女の歌声だった。
そしてその声を追いかけるうちに、今度は、歌われている言葉そのものが気になり始めた。
フスハーとアーンミーヤ
それから、NHKの「アラビア語会話」も見るようになった。
講師として登場していた師岡カリーマ・エルサムニー先生の話すアラビア語が、また美しかった。
発音が明瞭で、言葉の一つひとつが整い、まるで話し言葉そのものに旋律があるように聞こえた。
テキストまで買ってきた。
いつかアラビア語を読めるようになり、少しでも話せるようになったらいい。
そう思いながらページをめくっているうちに、アラビア語には、大きく分けて二つの顔があることを知った。
一つは、フスハー。
新聞やニュース、文学、演説、公式な場などで使われる、正則アラビア語である。クルアーンの言葉につながる古典アラビア語を基盤としながら、現代の語彙を取り込んだ、アラブ世界に共通する言葉だ。
そして、もう一つがアーンミーヤ。
エジプト、レバノン、シリア、イラク、チュニジア、モロッコ。
それぞれの土地で、日常の暮らしの中で話されている言葉である。
同じアラビア語と呼ばれていても、地域が変われば、発音も語彙も大きく変わる。
カリーマ先生が番組で話していた、整ったフスハーの響き。
そして、マージダ・エル・ルーミが格調高い詩を歌い上げるときの、凛とした言葉の響き。
その二つが、自分の中のどこかで重なったのかもしれない。
では、私はアラビア語の何に惹かれたのだろう。
それは、文字の形だけではない。
日本語にも、西欧の言語にもない、独特の子音の響きがある。
喉の奥を絞るようにして発する、アイン。
ع
深いところから硬質に立ち上がる、カーフ。
ق
喉の奥を震わせながら響く、ガイン。
غ
ざらりとした子音の感触。
その間を、ベルベットのように滑らかな母音が長く伸びていく。
そのコントラストが、ウードの弦の響きや、打楽器の躍動するリズム、そして厚く広がるオーケストラと重なったとき、言葉そのものが音楽になる。
意味を理解するよりも先に、私はその響きに惹かれた。
けれども、アラビア語で歌われる音楽は、マージダ・エル・ルーミのような、格調高く磨き上げられた歌だけではない。
言葉が詩や公式の場から街へ降り、人々が日常で話すアーンミーヤで歌われるようになると、同じアラビア語は、まったく違う表情を見せる。
恋愛。
酒。
貧しさ。
若者の苛立ちや、社会への不満。
そうした感情を、飾らず、そのまま街へ放つ音楽がある。
アルジェリア西部の港町、オランで育ったライである。
言葉が街へ降りる――オランのライ
ライの歌手には、男性なら「シェブ」、女性なら「シャバ」という呼び名が付くことが多い。
もともとは「若者」「若い女性」を意味し、伝統的な歌い手を指す「シェイク」「シェイハ」と区別する呼称でもあった。
そのライで忘れられないのが、シェブ・マミとシャバ・ザホアニアのデュエットだった。
若く、細く、どこか切迫したシェブ・マミの声。
そこへ、シャバ・ザホアニアの濃く、湿り気を帯びた声が絡みつく。
二人の声は、きれいに調和するというより、互いを挑発し、押し返し、また引き寄せ合う。
そこには、洗練という言葉だけでは捉えられない何かがあった。
酒場の空気。
夜の熱気。
香水と煙草。
恋愛の喜びと、そのすぐ隣にある嫉妬や諦め。
むせ返るような濃密さ、としか言いようがない。
マージダ・エル・ルーミの歌声が、磨き上げられた大理石のようにまっすぐ立つものだとすれば、ライは、夜更けのオランの路地から、開け放たれた窓を通して流れ出してくる音楽だった。
そこでは言葉は、飾られる前に発せられる。
恋しい。
苦しい。
腹が立つ。
それでも生きていく。
そんな感情が、打楽器のリズムとシンセサイザーの音に乗り、身体へ直接入り込んでくる。
オランは地中海に面した港町である。
港町には、人だけでなく、言葉や音楽も流れ込む。
アラブ、ベルベル、フランス、スペイン。
さまざまな文化が行き交う街で、ライは伝統的な音楽に新しい楽器と都市の感情を重ねながら、その姿を変えていった。
それは、過去から受け継いだものを大切に保存する音楽というより、いま、この瞬間をどうにか歌にして外へ放つための音楽だったのかもしれない。
けれども、アルジェリアの都市音楽は、オランのライだけではない。
視線を東へ移し、首都アルジェへ向かうと、そこにはまた別の音楽がある。
アンダルシアの記憶を、カスバの路地と庶民の暮らしの中へ受け渡してきた、シャービである。
アルジェに残るアンダルシアの記憶
ここでいうシャービは、エジプトやモロッコで同じ名を持つ音楽とは異なる、アルジェリアの都市音楽である。
その根には、アンダルシア音楽の記憶がある。
かつてイベリア半島から北アフリカへ渡った旋律や詩が、アルジェのカスバやカフェ、結婚式や祝宴の中で、より身近な民衆の音楽へと姿を変えていった。
ライが、港町の若者たちの衝動をそのまま外へ放つ音楽だとすれば、シャービには、古い詩や旋律を街の日常へ受け渡していくような趣がある。
ただ、私がそこから思い浮かべる歌手は、伝統的なシャービの歌い手そのものではない。
スアード・マシである。
彼女の音楽を、シャービと呼ぶのは少し違うのかもしれない。
アコースティックギターを抱え、フォークやロック、フラメンコ、シャンソンを思わせる音の中で、アラビア語やフランス語、カビール語を歌う。
けれども、その声の奥には、アルジェの街と、アンダルシアから続く古い旋律の記憶が残っているように聞こえる。
彼女の音楽は、何か一つのジャンルに収まるものではない。
アルジェリアに生まれ、フランスで活動し、アラビア語とフランス語の間を行き来する。
伝統と現代。
北アフリカとヨーロッパ。
故郷と移住先。
そのどちらか一方を選ぶのではなく、二つの世界の間に立ったまま歌う。
彼女の声には、ライのようなむせ返る熱気とは違うものがある。
静かで、乾いていて、どこか遠くを見ている。
けれども、その静けさの中には、故郷を離れた者だけが知っている距離がある。
私がスアード・マシに惹かれるのは、彼女の音楽の中に、混ざり合ったまま整理されない記憶があるからなのだと思う。
一つの言葉。
一つの文化。
一つの国。
そのどれかだけでは説明できない音。
そこには、地中海を挟んで向かい合う二つの岸の記憶がある。
そして、そうした音楽に惹かれてきた自分の耳は、いつの間にか、地中海の外へも向かっていた。
北アフリカから大西洋岸をさらに南へ。
セネガルの沖合に浮かぶ島々から、また別の歌声が聞こえてくる。
大西洋の向こうにあるSodade
ここまで、アラビア語とアラブ音楽について書いてきた。
けれども、意味の分からない言葉で歌われているのに、その感情だけは不思議なほど伝わってくる。
そんな音楽に出会ったのは、アラブ世界だけではなかった。
北アフリカから大西洋岸をさらに南へ下り、セネガルの沖合へ目を向ける。
そこに、カーボ・ヴェルデという島国がある。
かつてポルトガルの植民地だった、火山起源の十の島からなる小さな国。
公用語はポルトガル語。
けれども、人々の日常の言葉は、それを基に生まれたカーボ・ヴェルデ・クレオール語である。
その島々には、モルナという音楽がある。
静かなギターの伴奏。
ゆっくりと揺れるリズム。
明るさの奥に沈んでいる、説明しがたい寂しさ。
ポルトガルのファドにも似ているが、同じではない。
そこには、アフリカのリズムと、島に暮らす人々の時間、そして海を越えて故郷を離れた者たちの記憶がある。
そのモルナを世界に知らしめたのが、セザリア・エヴォラだった。
人々は彼女を「裸足の歌姫」と呼んだ。
華美な衣装をまとうでもなく、舞台の上に裸足で立ち、低く、少しかすれた声で歌う。
彼女の歌声には、マージダ・エル・ルーミのような、天へ向かって真っすぐ伸びていく美しさとは違うものがあった。
もっと地面に近い。
波止場の石畳。
港の酒場。
海風にさらされた家々の壁。
そうしたものの中へ、声がゆっくりと染み込んでいくようだった。
なかでも忘れられないのが、「Sodade」である。
Sodade。
ポルトガル語のsaudadeにあたる、カーボ・ヴェルデ・クレオール語。
懐かしさ。
寂しさ。
遠く離れた人や土地への思い。
けれども、そのどれか一つに訳してしまうと、何かが失われてしまう言葉である。
戻りたい。
けれど、もう同じ場所には戻れない。
会いたい。
けれど、その距離は簡単には埋まらない。
失ってしまったものを思いながら、それでも忘れずに生きていく。
そのすべてを含んだ言葉が、Sodadeなのだろう。
セザリア・エヴォラがその一語を繰り返すとき、歌詞を理解できなくても、その意味はすでに伝わっている。
言葉を知らないから、分からないのではない。
意味を調べるより前に、声が教えてくれることがある。
私が外国の音楽に惹かれてきた理由は、そこにあるのかもしれない。
人は故郷を離れる。
海を渡る。
遠くにいる誰かを思う。
そして、その思いを歌にする。
そして、チュニジアへ
私が惹かれていたのは、アラブ音楽という一つのジャンルだけではなかったのかもしれない。
異なる言葉が出会い、異なる文化が混ざり合い、その土地にしかない音を生み出す場所。
レバノンの歌声。
オランの夜。
アルジェに残るアンダルシアの記憶。
大西洋の島から聞こえてくる、Sodade。
それらは、地図の上では遠く離れている。
けれども私の中では、一本の線でつながっていた。
言葉の意味が分からなくても、声は土地の記憶を運んでくる。
そこには、海を渡った人々の記憶がある。
故郷を離れた者の寂しさがある。
異なる文化の間で生きる者の、揺れや戸惑いがある。
そして、それでも自分の場所を見つけようとする、人の強さがある。
音楽を聴くことは、まだ訪れたことのない街を、先に歩くことなのかもしれない。
おそらく私にとって、アラブ世界への旅は、飛行機に乗ったときに始まったのではない。
マージダ・エル・ルーミの歌声を初めて聞いた、その瞬間から、すでに始まっていたのだと思う。
そして2002年の冬。
私は、ヨーロッパとアフリカ、アラブと地中海、古代と現代が交わる場所へ向かった。
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チュニジア。
革命が起こる、まだずっと前のチュニスへ。









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