旅先で足を止めた植物たち
旅の写真を見返していて、ふと気づいた。
僕は建物や広場だけでなく、ずいぶん植物を撮っていた。
大聖堂や宮殿を見に行ったはずなのに、その途中で見つけた花の写真が残っている。
ホテルの玄関。
川沿い。
街角。
庭園。
ときには、名前も知らない花の前で足を止めていた。
きれいだったから。
その街の空気に似合っていたから。
あるいは、ただなんとなく気になったから。
理由はそれぞれ違う。
でも、写真を見返していると、その花の向こう側にあった街の景色まで少しずつ戻ってくる。
今回は、そんな旅先の植物を並べてみることにした。
Germany|Berlin, Potsdam & Dresden
Berlin
ベルリンには何度か足を運んでいるけれど、滞在はいつも短い。
もちろん、ベルリン大聖堂やイーストサイドギャラリーのような場所にも行く。
でも、あとになって思い出すのは、そういう場所だけではなかったりする。
2013年。
宿から近かったので、S-Bahnに一駅だけ乗ってシャルロッテンブルクへ向かった。
そこで待っていたのは、思っていた以上に広い敷地だった。
歩いている途中で見つけたのが、チューリップ。
なぜか気になって、地面に這いつくばるようにしてカメラを向けた。
今振り返ると、宮殿そのものより、そのときの花の方が鮮明に残っている。
そして、もうひとつ。
ベルリンの下北沢、と勝手に呼びたくなるようなベルクマン通り。
カフェや小さな店が並ぶ街角で、また花に足を止めた。
大きな観光名所ではない。
でも、こういう何気ない景色の方が、旅の記憶には長く残ることがある。
Potsdam
ポツダムは、ベルリンからすぐそば。
ベルリン・ウェルカムカードも、ABCゾーンを選べばそのまま行ける。
目指したのは、サンスーシ宮殿とツェツィリエーンホフ。
ひとつはプロイセン王家の離宮。
もうひとつは、ポツダム会談が開かれた場所。
そんな歴史の舞台を歩いている途中で、ふと足を止めた。
そこに咲いていた花。
大きな宮殿や歴史的な建物を見に来たはずなのに、あとから写真を見返すと、こういう小さな色もちゃんと残っている。
そして街へ戻ると、今度は花屋の店先にも足が止まった。
Dresden
ドレスデンの街歩きといえば、やはり旧市街が中心になる。
聖母教会、君主の行列、ツヴィンガー宮殿。
見どころはいくらでもある。
でも、この日はエルベ川を渡って、新市街へ向かった。
目当てのひとつは、クンストホーフパサージュ。
個性的な建物を眺めながら歩き、そろそろ戻ろうかという頃。
ふと目に入ったのが、カフェの鮮やかなグリーンだった。
街の中で、その一角だけが妙に鮮やかに見えた。
そして、エルベ川を渡る帰り道。
河畔に、桜のような花が咲いていた。
ヨーロッパを歩いていると、ときどき出会う花。
名前を知らなくても、春の街に似合う花というのはある。
旧市街の大きな建物よりも、帰り道で見つけたこういう色の方が、あとになって残っていたりする。
Lake Geneva|Ferney-Voltaire & Montreux
Ferney-Voltaire
ジュネーブに泊まると、とにかく高い。
では、どこへ逃げるか。
そこで選んだのが、以前から少し気になっていたフェルネー・ヴォルテールだった。
かつてヴォルテールが暮らした街。
位置的にはジュネーブ空港の裏側で、アクセスも悪くない。
実際に歩いてみると、ジュネーブとはずいぶん違う静けさがあった。
そんな街の中で見つけたのが、春を感じさせる黄色。
冬の名残がまだ少し残る空気の中で、その色だけが先に季節を進めているように見えた。
Montreux
ジュネーブにいると、ときどき少し遠くへ行きたくなる。
そんなときに向かったのが、モントルーだった。
列車はレマン湖沿いを走っていく。
車窓の向こうに湖が続き、その奥には山が見える。
そしてモントルーに到着。
ここは山岳鉄道の拠点でもあり、街にはどこか旅の途中という空気がある。
モントルー・ジャズ・フェスティバルで知られる街だけあって、街並みもどこか洗練されている。
レマン湖に反射する光が眩しい。
湖畔にはフレディ・マーキュリーの像も立っている。
そんな湖沿いを歩いていて、また花に足を止めた。
そして湖畔には、春の光の中でチューリップが咲いていた。
湖と山と街の間にあるその色が、モントルーの記憶として残った。
Italy|Sant'Antioco, Taormina & Siracusa
そういえば、イタリアには何度となく行っている。
でも、本土でじっくり街を歩いたのは、ミラノとベルガモくらいかもしれない。
記憶に残っているのは、むしろ島の方だ。
サルデーニャ。
そして、何度も訪れたシチリア。
Sant'Antioco
まずはサルデーニャのさらに先。
イタリアで4番目に大きな島、サンタンティーオコ。
バスでそのまま渡ることができる。
泊まったのは、カラゼッタにあるLuci del Faro。
今でも大好きなホテルのひとつだ。
そのホテル名が刻まれた石の前に、花が咲いていた。
ホテルそのものの記憶と一緒に、その花の色まで残っている。
Taormina
そしてシチリア。
タオルミーナで思い出すのは、サン・ドメニコ・パレス。
映画『グラン・ブルー』の舞台としても知られるホテルだ。
その正面玄関前のグリーン。
そして、ヴィッラ・コムナーレ庭園。
タオルミーナは、海も街も建物も華やかだけれど、歩いていると植物までその景色の一部になっている。
Siracusa
シチリア東海岸、シラクーザ。
映画『マレーナ』の舞台になった街でもある。
モニカ・ベルッチ演じるマレーナが、ドゥオーモ広場で町の女性たちから厳しい仕打ちを受ける場面が印象に残っている。
そのすぐそばにあるのが、アレトゥーザの泉。
海のすぐ近くなのに、真水が湧く不思議な場所だ。
そして、そこに生い茂っているのがパピルス。
花ではない。
けれど、この旅の植物を並べるなら、これは外せない。
シラクーザという街を思い出すとき、あの泉とパピルスの緑は、今でもはっきり浮かんでくる。
Tashkent
タシケントでは、ミラバッドを歩いているときに花屋に足を止めた。
中央アジアの大都市。
乾いた空気と広い道路の中に、色とりどりの花が並んでいた。
観光名所ではない。
街の人の日常の中にある花。
そういう場所を見つけると、その街で暮らす人たちの時間が少しだけ見えたような気がする。
Vladivostok
最後は、ウラジオストク。
極東の帝都。
そして、かつての閉鎖都市。
そんな街を、自分の足で歩いてみたかった。
実際に歩いてみると、歴史の重さとは少し違う、日常の風景がいくつも残った。
そのひとつが、通称「花屋通り」。
おばちゃんたちが切り盛りする小さな花屋が並び、店先には色とりどりの花が並んでいた。
寒い港町の中に、そこだけ別の季節が集まっているように見えた。
スパソ・プレオブラジェンスキー聖堂の広場でも、花に足を止めた。
教会の建物を見に来たはずなのに、写真に残っているのは、その足元に咲いていた花だった。
そして、アドミラーラ・フォーキナ通りを越えた先。
左手に、また花を見つけた。
名所でも、特別な庭園でもない。
ただ街を歩いていて、ふと目に入った花。
そして別の場所でも、またひとつ。
こうして並べてみると、旅先で足を止めていたのは、大聖堂や宮殿や広場の前だけではなかった。
花の前でも、何度も立ち止まっていた。
地面に這いつくばって撮ったチューリップ。
帰り道に見つけた春の花。
湖畔のチューリップ。
大好きなホテルの玄関に咲いていた花。
真水の泉に生い茂るパピルス。
街のおばちゃんたちが売っていた花。
どれも、最初から見に行こうと思っていたものではない。
ただ歩いていて、少しだけ足を止めた。
旅というのは、もしかすると、そういう小さな停止の積み重ねなのかもしれない。
場所の名前を忘れても、花の色や、そのときの光だけは残っている。
写真を見返すと、その向こうにあった街まで、また少しずつ戻ってくる。




















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