Journeys|旅の入口

長編、短編、音楽、そして旅先から。好きな入口からどうぞ。

Samarqand Part 1|旅人は神様からの贈り物

旅人は、サマルカンドの駅に降り立った。

乾いた空気。

眩しい光。
そして、どこかやわらかな青。

ここには、最初から青があった。

空の青。
タイルの青。
人々の記憶の中に沈んでいる青。

旅人は、その青に会うために来た。

サマルカンド駅

駅前へ出ると、すぐに何人もの男たちが声をかけてきた。

白タクだった。

「タクシー?」
「どこへ行く?」
「レギスタンか?」

旅人は、その勢いをやり過ごすように少しだけ歩いた。

そして、適当なところで立ち止まり、Yandex Taxiを呼んだ。

やって来た車の運転手は、韓国系の男性だった。

車が走り出すと、男は振り返り気味に笑って言った。

「どこから来たんだ?」

「日本です」

「おお、日本!」

それだけで、会話は自然に始まった。

サッカーの話になった。

韓国。
日本。
ワールドカップ。
アジアのサッカー。

見知らぬ街に着いたばかりなのに、 旅人はもう、少しだけこの街に迎え入れられた気がしていた。

レギスタンへ

一番の目的地は、最初から決まっていた。

レギスタン広場。

旅人は、門をくぐる前から、もう少し息を詰めていた。

写真では見てきた。
映像でも見てきた。
けれど、本当の青は、実際にそこへ立ってみなければ分からない。

そして、目の前に現れた三つのメドレセは、 思っていた通りで、思っていた以上だった。

正面に立つと、青はただ美しいだけではなく、 どこか人を黙らせる強さを持っていた。

旅人は、しばらく動けなかった。

メドレセの中で

広場の中へ入り、回廊の奥へ進んでいく。

メドレセの中には、小さな店が並んでいた。

スザニ。
ストール。
刺繍。
土産物。
布の色。

そこで、やり手そうなおばちゃんに声をかけられた。

「見ていって」

「これなんかどう?」

「きれいでしょう」

旅人は、もともと少し興味があったから、立ち止まって話を聞くことにした。

おばちゃんは並べられた品を示しながら、少し誇らしげに言った。

「ここね、昔は職員室だったのよ」

「今は、こんなふうに物を並べて売ってるの」

「これなんかいいでしょう?」

旧職員室だった空間に、アトラスやスザニが並んでいる。

かつて学びの場だったところに、 今は色と布と手仕事が息づいている。

旅人は、そのことがとても面白かった。

レギスタンタイル工房

さらに歩いていると、日本語で書かれた看板が目に入った。

レギスタンタイル工房

旅人は、少し驚いて店の中を覗いた。

店内にはタイルや工芸品が並び、 その奥には、まだ別の空間がある気配がした。

店の人に案内され、急な階段を上った。

その先にある工房も見せてもらった。

広場で見上げていた色が、 ここでは人の手の中にあった。

その場に立っているだけで、 ここが単なる土産物屋ではなく、 手で作る人たちの息づく場所なのだと伝わってきた。

観光地の中心にいながら、 まだ職人の手の温度が残っている。

旅人は、そういう場所が好きだった。

昼の広場

その日の日差しは、まだ少し強かった。

レギスタンの広場を歩いていると、 青だけではなく、白い光まで記憶に残ってくる。

少し歩いたところで、Chorsu Art Galleryに立ち寄った。

中へ入ると、白い壁の静かな空間に、 絵がゆったりと並んでいた。

サマルカンドの街を歩いていると、 ここでもまた青が目に入った。

ギャラリーを出て、また歩き始めた。

途中では、何組もの新婚らしい男女を見かけた。

ドレスアップした二人。
写真を撮る人たち。
それを囲む家族や友人。

やっぱりここは、 新婚さん御用達のスポットなのだと思った。

ハッピーバード・ギャラリーへ

レギスタンをあとにして、旅人はビビハニムの方向へ歩いた。

通りには、相変わらず人の気配があった。

観光客。
地元の人。
立ち話。
遠くから聞こえる声。

その途中で、ハッピーバード・ギャラリーに立ち寄った。

そこでは、民族楽器の制作や修復をしている職人に出会った。

壁に掛けられた楽器。

木の匂い。
静かな手つき。
長い時間の中で受け継がれてきた形。

旅人は、こういう場所に来るといつも思う。

街というものは、 有名な建物だけではなく、 こういう小さな手仕事によっても記憶されていくのだと。

そして、スザニやアトラスの店も見て回った。

糸の塊がとっても印象的だった。

古い民家の路地

さらに歩いて、ビビカナム・ホテルのあたりで左へ折れる。

すると、少しずつ街の空気が変わった。

古い民家が並ぶ路地。

観光地の中心から、ほんの少し外れただけなのに、 時間の流れ方まで変わる気がした。

そこで、旅人は声をかけられた。

振り向くと、一人の女性が立っていた。

鮮やかなアトラスをまとっていた。

その青は、建物の青とどこか響き合っていた。

旅人は、鮮やかな青をしばらく見つめた。

「きれいな青ですね」

女性は、少しだけ笑った。

「お茶、飲んでいかない?」

見ず知らずの旅人に向けられた、 あまりにも自然な言葉だった。

旅人は、少し驚きながらも、その誘いを受けた。

「母が亡くなったの」

そして、その衣装にそっと手を触れた。

「だから、この一年はこの青を着て過ごすのよ。ほら、息子の嫁たちもみんな青。」

旅人は少し驚いた。

喪の色と聞いて、 もっと暗い色を勝手に思い浮かべていたからだ。

けれど、その青は悲しみを閉じ込める色には見えなかった。

むしろ、 記憶を静かに身につけて生きていくための色のように見えた。

出されたのはチャイと、甘い菓子だった。

バクラバ。

湯気の立つ茶。
静かな午後の光。

旅人は、思い切って尋ねてみた。

「どうして、見ず知らずの私にこんなによくしてくれるの?」

すると女性は、少し不思議そうに笑った。

「だって、旅人は神様からの贈り物でしょう」

「旅人は、両親より大事にしなさいって言うのよ」

旅人は、その言葉をすぐには返せなかった。

この街の青は美しい。
でも、その青よりも深く心に残るものが、今ここにあった。

それは、人が誰かを迎え入れるときのあたたかさだった。

旅人は神様からの贈り物

サマルカンドでは、青だけが旅人を迎えてくれるのではなかった。

声をかけてくるおばちゃん。
日本語の看板。
楽器を直す職人。
タクシー運転手との他愛ない会話。
そして、古い民家で出された一杯のチャイ。

旅人は、そういうものに触れるたび、 この街の美しさは建物だけではないのだと思った。

サマルカンドは、 青の街である前に、 人のぬくもりが確かに息づく街だった。

旅人は神様からの贈り物。

その言葉を、旅人はしばらく胸の中で繰り返した。

そしてまた、歩き出した。

白い扉の向こうへ。

まだ見ぬサマルカンドの青を、さらにたどるために。

Mehmon — Xudoning In’omi|旅人は神様からの贈り物

Part 2|夜のレギスタンと青の回廊


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